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坂口健太郎『シグナル』最終回の感想ネタバレ!韓国版との違いは?

こんにちは^^

坂口健太郎主演ドラマ『シグナル』が最終回でした。

2018年6月12日放送の第10話・最終回について感想(ネタバレあり)を書いて見ました!

目次

『シグナル』最終回あらすじ

大山と通信する三枝に、桜井は呆然とします。

大山は三枝から「兄を助けてください」と懇願され、なんとか亮太の元に駆けつけるも間に合いませんでした。

亮太殺害には裏があるとその証拠を突き止めましたが、中本管理官に追い詰めらてしまいます。

一方、三枝は岩田殺人の容疑をかけられ追われる身に。

代わりに無線機を持った桜井は、過去の大山と通信し、あることを告げます。

そのことにより、歴史が大きく変わることになります。

『シグナル』最終回の感想(※ネタバレあり)

最終回ですっきり解決になるかと思いきやそんなことなく…。

モヤモヤが残ってしまう結末でした。

過去が変わって大山が生きていることはほっとしましたが、出来れば三人が会うシーンが見たかった…。

桜井と大山の18年ぶりの再会を楽しみにしていたのに残念です。

はっきり終わらせず続編や映画になるパターン!?と思いきや

原作の韓国版でもこのような終わり方のようです。

そして、韓国版は全16話なのに対し、日本版は全10話。

駆け足な展開で説明不足になるのはしょうがないですね…。

原作から一歩踏み込んで、この続きを描いてもらえたら嬉しいのですがだめでしょうか。

桜井ファンからしたら、大山に会えて喜ぶシーンをぜひお願いしたいです。

桜井美咲(吉瀬美智子)について考察

班長の桜井美咲役、吉瀬美智子さんが非常に印象的でした。

元モデル( Domani の専属モデル)なだけあり、その美貌が目を引く女優さん。

今回は未解決班を束ねる班長として、冷静でクールな役でした。

吉瀬美智子さん演じる桜井美咲。18年前はうってかわって車の運転もろくにできない半人前の刑事。

18年の間に何があったんだ?と思わずにいられませんんでした。

おそらく、 大山が突然いなくなった寂しさややりきれなさから仕事に打ち込むようになったのでしょう。

その結果、現在では頼りがいのある立派な刑事へと成長しています。

前回放送の最後で、桜井は三枝が持っている無線機で大山と通信できることを知ります。

三枝が警察から追われる立場となったため、代わりに桜井が大山と通信する場面がありました。

今の頼れる班長とはうってかわって、すがるような切ない口調。

感情を抑えきれず、昔の自分を思い出したのでしょう。

待っていたのに先輩は遺体で戻ってきた、と泣きながら語ります。

そして、鍵となる重要なセリフ。

「もし、まだ間に合うならよく聞いてください。4月15日、谷原記念病院 。そこへ行っちゃだめです。4月15日、谷原記念病院!」

そう伝えたところで通信は終わってしまいます。

そして、その次に行方のわからない三枝から電話がかかってきます。

公衆電話からの電話でしたが、三枝とわかると冷静に「どこにいるの?」と聞き出します。

大山と話した感傷的な気持ちを瞬時に切り替えて、冷静な班長に戻る桜井。

大山との頼りない口調と、冷静沈着な班長としてのギャップが切なく感じました。

18年間堪え続けてた思いがあっての今の桜井。

過去と現在との対比をしっかり演じ分けた吉瀬美智子さん、さすがの演技力でした。

まとめ

「過去を変えろ。未来を救え」がこのドラマのキャッチコピーです。

「過去は変えられる」と「変えられなかった」の思いに葛藤するシーンが幾度となく描かれました。

理不尽な犯罪に巻き込まれ、悲しい思いをする人たちが何人も登場します。

すべてが望んだようにいくわけではありませんが、三枝達の奮闘により救われた人達もいました。

1、2話で描かれた女児誘拐事件。

過去が少し変わったことにより、未解決とならず真犯人を捕まえることができました。

この事件は、真犯人を突き止めたものの、時効に阻まれ罪に問うことが出来ないはずでした。

犯人が目の前にいるのに捕まえられない。

三枝達の悔しさも相当でしたが、母親の悲痛な叫びは胸をうつものがありました。

あの母親が、あの悔しい悲しい思いをしないですんだのならば、少し救われる思いがします。

 

そして、物語のカギとなる武蔵野集団暴行事件。

元の歴史では三枝の兄が犯人と扱われ、自殺という顛末でした。

大山らのおかげで、兄の死は防げなかったものの、無実を明らかにすることができ、母と三枝は離れ離れにならずにすみました。

幼い三枝の寂しさは、幾分か軽くなったはずです。

過去が少し変わったことにより、救われた思いがあります。

すべての人を助けられたわけではありませんが、

それでも彼らが思い悩みながら行なったことは、充分意味のあることだったのではないでしょうか。